「んーっ」
船着場に降り立つと、わたしは大きくのびをした。
大きく腕をふり、深呼吸をする。このいがらっぽいような湿った霧の臭い。これこそ、ロンドンだ。
細かい指示をクリスに下し、わたしは単身、近くの酒場に向かった。
先にやったランチの乗員にエイダが、その酒場にいるのでくるようにと言伝てしてきたのだ。
小汚い裏道を想像していたが、綺麗にはききよめられた道の先に、その店はあった。港の近くにこんな小ぎれいな場所が用意されているとは思わなかった。
海賊稼業の格好のままでは叩き出されるだろうか、とコートの襟をあわせてなんとかとりつくろってみたが、そんなことは関係なく、慇懃なボーイに通された。
「ああ、こっちこっち」
陽気に声をかけてくる姉の姿をみとめ、そのテープルに歩いていく。なんだか、カード遊びをしているようだ。わたしは、同席のものたちに軽く頭をさげた。そんなことはお構いなしで、エイダは──どうも演技くさいのだが──必要以上に陽気に言葉を続ける。
「どうもさー。ついてなくて。負けて抜けるのもなんだから、あんたを呼んだのよ」
「わたしに何の関係が?」
そういうと、ばか姉は、にまぁ、と笑み崩れた。
「あんた、こういうの得意じゃない」
わたしは頭を抱えた。
なぜか、わたしの目の前にはチップが山のように集まり、そして、勝負は、山場を迎えていた。
「レイズ」
喘鳴のような声。もはや、勝負に残っているのはわたしとこの男だけだ。緊張からか、男の声はかすれていた。
「コール」
チップの山から幾枚かを場に置く。
「フラッシュ」
わたしが手を開くと、テーブルの向かい側で、男が、うっ、と大きく息をのむのがわかった。
男が震える手でチップを握り、わたしの前におこうとした。チップは彼を裏切るように、指からこぼれ落ちた。
「大丈夫か?」
男は蒼白な顔をうつむかせたまま応えない。へばりついた薄笑いが、とてつもなく不気味だった。
「セラフ」
もう一度声をかけようとしてエイダにたしなめられる。姉の顔を見上げると、黙って首を振られた。
目線で促され、チップの山を抱えて歩きだす。
この山盛りのチップは、はたしていくらくらいなのだろう、と疑問に思いつつ、とてとてと歩く。
そして、あの男は、いつまでもうすら笑いをへばりつかせたまま、どこかわたしには見えない一点を凝視し続けていた。
チップ一枚が、なんと10000ドゥカートに化けた。
……総額は今回のわたしの掠奪行の儲けより遥かに高かった。
エイダに元金分、と言われてごっそり抜かれても、まだまだとてつもない額の金貨をぶらさげて、わたしは複雑な気持ちで酒場を出た。あれだけ苦労して掠奪してきたのに、ただカードを繰るだけでこんなにもうかるなんて、なにか間違っている。
「むむう、間違っている」
そう声に出して呟いたとき。
タン。
いっそ気の抜けたような小さな爆発音がした。
ざわめきと悲鳴が入り交じり、わたしとエイダは顔を見合わせた。わたしの体が振り向こうとする前に、そっと肩に手が置かれていた。
「やめておきなさい」
きびしい顏でそう言う姉の手を振り払い、店に取って返した。
あの男だった。
短銃で頭を売ったのだろう。血と、なんだかあまり考えたくないものをテーブルの上にぶちまけてつっぷしている。
硬直して立ち尽くすわたしの横を、すっと抜けて、エイダは男の手札をうやうやしく裏返した。
スペードとクラブのAと8のツーベア。
スペードのエースが、わたしの胸を刺し貫こうとするかのように、ぎらぎらとその切っ先を尖らせていた。